『人にどう見られるか』
という言葉の意味。
最近とても深いなーって思う。
自分の立ち振る舞いが、
どう見られているかということはもちろんだし、
普段の積み重ねがふとした時にでる。
それもそう。
常日頃人からの評価がどうか、
云々カンヌンという風に
視点を置きすぎると、
嫉妬や妬みという感情が
起きやすいのかとも思う。
また、どう見られているかを
気にしすぎて自分を押し殺す、
または力み空回りし過ぎると、
ストレスも溜まりやすくなる。
自分の声を聞いて。
自分がどの道を歩みたいか、
歩むべきか。
そうすると、
自ずとこれらの視線は
気にならなくなるだろう。
私もまだまだ。
誰々が何々って言ってた。
誰々がどうだからいや。
そうじゃない。
それって、
人の感情から出ている言葉。
自分がそう感じたのであればまだしも、
そうでなければ
まだ自分に関わらないことだから、
聞きとらわれない事をおすすめする。
なぜなら、
その感情は伝染しやすいから。
人にどう見られるか。
普段からの積み重ね。
私たちが、
笑い、泣き、悩み、超えた成長が
そう見られるだけ。
だから、やるべき事をみて
前を進めばいい。
ただそれだけ。
臆病なので、
その一歩がとても遅いのですが、
それもいい。
いつかさらに育つ草木、
そして花に水をあげ続けよう。
知らないうちに、
一人でアスレチックで
遊べるようになっていたり、
水を見つけると素直に飛び込む
我が子をみて、
“自分の今と向き合う”
ふとそれでいいんだなーって思った。
今日のメモ。
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